竹島を占領され、サッカーでも完敗。韓国の攻め方に対して。女子バレーも韓国と。無宗教日本人とは。

 韓国では子供の頃から竹島(独島)が自分たちの領土であると教育しているそうだ。日本ではまったくそういう教育はない。
 政治家としては、国連安全保障理事会に警告。国際司法裁判所にたいする提訴。最終的には日本軍による強襲作戦をとるべきだという思いがある。その覚悟がないと尖閣列島にたいしても中国が占領することも考えられるからだ。日本国として断固とした対応をとるべきだと考える。

 しかしこれが煩悩という宗教家としての立場で考えれば、宗教家は相手に与えることが使命であれば、どうぞ占領してお好きなようにしてください。ともなる。
 女子バレーも韓国と銅メダルをかけての戦争か。。。オリンピック上での平和な戦争は韓国に完敗している。
領土争奪戦争も平和な競技で戦争するのもひとつの選択肢だが、領土戦争はその国の総力戦だから悲惨な戦争にはなるだろう。。。徴兵制の韓国と銃の扱い方も多くの国民が知らない日本とでは総力戦も心許無い。
 結局日本人にはその覚悟が無いのだろうか。

 無宗教日本人とは? 「池上彰の宗教がわかれば世界が見える」によれば日本人は無宗教と自称する人が多いが海外でそういうと反キリスト教や反モズレムと警戒される。日本人は各国の宗教にも敬意をもちあまねく宗教的なものに対する敬意を持っている。「無宗教を標榜しているからといって、宗教性が貧しいわけではなく、非常にアンテナの感度がいいんじゃないか」とそれぞれの対談相手も語っている。
 まったくその通りだと思う。偏頗な自分の宗教だけが正しいという宗教性は日本人にはなじまない。
しかし、仏教がユダヤ教を祖とするキリスト教やモズレムのような一神教は「神の創造による始まりがあり、やがて週末を迎えるといった直線的構造の宗教」と違って仏教は「この世界がだんだん崩れて、又再生する」「円環的」「構造」だとしている。

 しかし、この直線的と円環的というのもむりやり違いを際立たせていることににている。この直線は円環の一部なのだから。。。

 この本ではまったく触れていないが空海の密教では宇宙のはじまりを示しているのは大日如来だ。宇宙そのものが如来の姿をもって人を救いに形になるとき如来となる。
 三教指帰すらきちんと読みこなせない私が言うのもあつかましいかもしれないが、三教指帰は空海が仏教が儒教や道教に勝る教えと思っていた青年時代の著作といわれている。
 しかしその後、空海は唐にわたり恵果から密教を受け継いだ。空海は仏教を越える宇宙を包含する哲学を受けついだのだと私は感じる。空海の伝えたものには一神教も多神教も包含した宇宙生命の起源を語っている。ヒッグス粒子がそれを証明することになる。
 神仏混交の教えを空海が皇室にも伝えてきたが、明治維新に廃仏毀釈の政治的な動きに皇室明治天皇ものっかたとみえる。寺院が徳川幕府の支配体制の一翼をになう戸籍管理のシステムに組み込まれていたことを革命するために明治政府は寺院の戸籍管理機能を神社に振り替えた。その当時の寺院の困窮を敗戦後東寺の復興の一翼を担った三浦俊良の「東寺の謎」で目からウロコだった。 

 空海の密教では一神教も多神教も矛盾していない。宇宙創造の神が世界中の各国宗教でアッラーであり天の父であり大日如来である。呼び名が違うだけだ。その教えをどのようにその民族が受け継いだかがその地域の多神教になっている。先祖や死んだらその家の神や仏で家を守るという信仰も一神教にも矛盾したものではないが、枝分かれした宗教教団はその組織と生活を守るために違いを際立たせる。それがために戦争にまで行き着いてきた。

 領土戦争は世界共和国を実現すれば不要になるのだが、世界共和国よりもそれぞれの地域で支配権力を強行しようとすれば戦争になる。戦争は無限で、そのつど末法末世の世が訪れ、ハルマケドンが訪れ、世界が再生してきた。ノアの箱舟に乗りたいと新興宗教も無限に発生してきた。人の煩悩は尽きない。

次回はマイケルサンデルによる功利主義批判=カント的リベラル批判?の考察をしたい。 

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