信号機を信じ込ませる教育は危険。青になったら右左を見て渡りましょう?

 昔、市議会の建設委員会を12年間のうち4ヶ月を除けばずっとやってきた。
そのとき感じたのが、市議は市民の請願には文句をつける人は居なかった。市民の著名の数が怖くてその請願内容に疑問を呈することも無く、ほとんどの請願に市議は賛成していた。
 そこに変人の市議が飛び込んできた。
著名の数が多い共産党が組織した請願でも疑問点は問いかけた。
 イオンの反対の共産党の請願との熾烈な戦いなどはHARRYの市議生活の後半だが、そこに来るまでは市議が請願に反対することはまれだった。

 変人でなければ言えない信号機の設置の問題も疑問があった。
信号機は警察署が設置場所を決定する。
 どこにでも信号機はあるがそれでもここにもあそこにもつけてくれという請願は絶えることが無かった。

 信号機って実際には交通事故の原因になっている。

昔の警察の安全標語は、「お年よりは動く赤信号」といって運転者に注意を求めていた。
 しかし、時代は変わり「そこは横断歩道ではありませんよ」という標語を見るようになった。
運転者が歩行者を脅すような運転をするのはこの国ではよく見られる。
 信号が絶対と教えられているから青信号なら眼を瞑って走って人をひき殺しても罪悪感をもたない凶悪な運転者が少なくない。

 その点、東南アジアの信号が少ない国では自動車が歩行者が横断することを前提に市街地では運転している。日本人はその市街地での横断を恐れるが、HARRYには日本のドライバーと歩行者の信号に対する妄信こそ恐ろしい。

 日本中の信号を黄色の点滅にしてもらいたいくらいだ。一時は混乱するかもしれないが信号への妄信をなくすための新しい日本の交通安全教育だと信じている。
 この国では全くの危険がないにもかかわらず赤信号なら無条件に痴呆のように歩行者は待っていて青信号になると自動車が進入してきても止まるだろうと信じて歩き出す姿は恐怖だ。

 一種の信号への妄信、狂信。子供にそういう教育をしているから青信号を信じきってしまう。赤信号で危険を回避しながら横断するくらいの脳みそを使うことをこそ子供に教育すべきだと思う。ここまでの本音は本音で論争する市議ではあったが、控えていた。

 信号機の設置が一種の既得権益につながっていないことを祈る。この世の中さまざまな既得権益に預かっている人々の集合体が旧来の自民党政権を支えてきた。民主党政権で既得権益を解体することを期待した国民は見事に裏切られて、安倍新自民党が本気で旧来の既得権益政治を解体することを期待している。
 安倍首相と菅官房長官が自民党内野党という政治評論家もいたが、こんどこそ本気で公務員改革をはじめとする政治改革を進めて欲しい。

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