張り手に肘打ちなど、挑戦する下位の力士に対して、当たり前のように奇襲を仕掛け

【舞の海の相撲俵論】横綱稀勢の里が必要だ
07:04産経新聞

 千秋楽結びの一番。「手を下ろして、待ったなし」。両者を合わせる行司のかけ声が響き渡る。次の瞬間、がっぷり組み合う両横綱。稀勢の里が右上手を引きつけ寄っていく。白鵬は投げを打ってこらえる。両雄一歩も引かない大相撲-。

 そんな情景を最近よく思い浮かべる。いま、日本全国どこに行っても同じことを聞かれるからだ。「稀勢の里は横綱になれますか」と。みなの目には積年の願いがこもっている。

 横綱へ昇進するためには、日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会(横審)の推挙が必要となる。「2場所連続優勝か、これに準ずる成績」が基準だ。

 夏場所では賜杯こそ逃したが、自身初めて2場所連続13勝を挙げた稀勢の里の名古屋場所での綱取りには「初優勝」が必須条件として挙げられている。

 しかし、その内規を金科玉条のごとく、あがめすぎていないだろうか。むしろその内規こそが不安定な横綱をつくり出している。

 毎場所安定した成績を残せず、存在感の薄い日馬富士、鶴竜の両横綱を見るにつけ、直近2場所だけ好成績を残せばいいとは思えない。まるで希望の大学に入るためにひたすら勉強して、入学したら単位がまったく取れない、といった現状ともいえる。

 相撲協会の理事長を務めた師匠の出羽海親方(元横綱佐田の山)は「何も2場所だけでなく、1年間12勝3敗を続けた力士にも横綱の資格がある」とよく語っていた。そんな昇進の仕方があってもいい。

 稀勢の里の取り口は明らかに進化した。最近2場所は現在の3横綱以上に横綱相撲を取っている。名古屋場所でも安定した相撲内容で13勝など好成績を挙げれば、優勝を逃しても横綱へ昇進させていいのではないか。

 相撲協会内には、優勝経験がないまま横綱へ昇進した双羽黒がその後、一度も賜杯を抱くことなく廃業した苦い記憶があるのかもしれない。しかし、双羽黒の引退はけがや実力不足ではなく、師匠とのトラブルだった。

 勝利至上主義で、数字や記録だけでしか横綱を評価できない状況にも強い違和感がある。大切なことを置き去りにしてはいないか。横綱は本来、時代を彩る象徴。最高位に立つ者として土俵上でどうあるべきか、が問われている。

 立ち合い変化だけでなく、張り手に肘打ちなど、挑戦する下位の力士に対して、当たり前のように奇襲を仕掛ける。そもそも相撲は相手を痛めつける競技ではない。見せつけるような懸賞金の受け取り方も見苦しい。

 横綱相撲が崩れつつある今だからこそ、けれんみのない横綱稀勢の里が必要だ。日本の心を取り戻すためにも。(元小結 舞の海秀平)

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