命のビザは杉原だけではなかった。樋口季一郎少将、安江仙弘陸軍大佐もイスラエルに顕彰。独裁暴力のサヨク

命のビザは杉原だけではなかった。樋口季一郎少将、安江仙弘陸軍大佐もイスラエルに顕彰ですが。独裁と暴力が本質のサヨクたち。

 日本は誇りを持てる国ですよ。スパイがやりたい放題ですが、警察の努力で他国に比べ安全安心、物価も安め。
 ただ、近隣諸国に不条理に金を吸い取られているので多くの国民は国富の割には比較すると質素な生活を強いられていますね。

 樋口季一郎少将。安江仙弘のりひろ陸軍大佐。と杉原ちうね。この三名が、イスラエル建国の功労者の記念碑「ゴールデンブックに刻まれているという。

 百田尚樹「日本国紀」378P。
「樋口ルート」で救われたユダヤ人は2万人と言われている。
このことを知ったドイツは、日本に対して強く抗議した。2年前に「日独防共協定」を結び、ドイツと良好な関係を保ちたいと考えていた関東軍内部でも樋口の処分を求める声が高まった。しかし、時の関東軍参謀長、東条英機は樋口を不問とし、ドイツに対して「人道上の当然の配慮である」として、その抗議をはねのけた。なお樋口は昭和20年、北方防衛の第5方面軍司令官として、ポツダム宣言受諾後に、樺太や千島列島に軍事侵攻してきたソ連軍と戦っている。このとき、麾下の91師団が占守シムシュ島の戦いでソ連軍に痛撃を与え、彼らを足止めしたことによって、北海道侵攻を食い止めたといわれている。戦後ソ連は樋口をA級戦犯として起訴しようとするが、それを知った世界ユダヤ人会議がアメリカ国防総省に樋口の助命嘆願を行い、戦犯リストから外させた。樋口と陸軍士官学校の同期であった安江陸軍大佐もユダヤ人救出に尽力した軍人である(戦後、ソ連軍に逮捕されシベリヤの収容所で病死)。
(この部分まで日本国紀。引用)

 戦後の米占領軍の共産党系の人々によって作られた日本の手足を縛り無防備の状態に置くための日本国憲法第9条。その人たちは日本のサヨク知識人を大学に送り込み、日本の教育、特に、日本の現代史をねつ造しつくした。
 これに対して百田尚樹氏は日本を子供たちも誇れる国にしたいと。その熱意が、戦後70年の間、隠されてきた日本の歴史の闇に明かり=日本国紀。を送り込んだ。
 まさかあの戦争の張本人、極悪人のハズの東条英機がドイツの抗議をはねのけて2万人のユダヤ人の命を救っていたなどと、日本人はほとんど知らない。
 しかしユダヤ人は知っている。樋口、安江という日本陸軍の軍人を通して。。。

 戦争の終結までの様々な愚行や誤りはあったかもしれないが、日本軍の存在そのものを全否定してきた、戦後教育の根本的な誤りを訂正するのはこれからさらに100年計画で進めなければならないくらい日本の教育界の現状は致命的に末期的状況にある。

 論争をするよりも反対意見を抹殺しようとする独裁と暴力がサヨクのどうしようもない本質だということにいつになったら国民は気づくのだろうか。。。。

 シナではドナーが簡単に見つかるという現状に、今までシナにべったりになってきたEU諸国もシナでの移植手術に行くことを禁止しし始めているという。ウイグル、チベットなどの占領した国家地域の民族のドナーに使い尊い彼らの生命をせん滅する勢いの独裁国家。
 なぜ、日本のサヨクやマスゴミはこういうもっとも重要な事実に目をつむり続けているのか!!!!
 日本をシナに占領させたい勢力はシナの占領下になった時に自分たちもドナーにされかねないことに気が付かないのが哀れだ。こういう状況を百田氏は「カエルの楽園」で分かりやすく説明してくれているのだが、、、

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