筆坂秀世のこの発言を左翼Mを担いそれを飯の種にしてきた思想を反省することができない人々に捧げる

私も筆坂氏と同じ思いで中共に青年時代を捧げてきたからよくわかる。2015.6.7 09:10
【この本と出会った】http://www.sankei.com/life/news/150607/lif1506070020-n1.html
政治評論家・筆坂秀世 『おじいちゃん戦争のことを教えて 孫娘からの質問状』 欠落した近現代史を語る

政治評論家の筆坂秀世氏
 中條高徳(なかじょう・たかのり)氏と出会ったのは3年前の酒席だった。この初対面の目的は、実は私に対する「面接試験」であった。当時、中條氏は保守系シンクタンクである日本戦略研究フォーラムの会長だった。そこの常務理事が兵庫県立伊丹高校で私と同級生だった長野俊郎君でその彼が、同フォーラムに私を参加させたいために中條氏の判断を仰ぐという仕掛けを施したのだ。

 私の共産党入党の動機など色々なことを話したが、一番うれしかったのは、「君が共産党に入党したのも、私が陸軍士官学校に入ったのも、思いは同じだ」と言われたことだった。最近では、旧日本軍人への悪口雑言が平気で語られるが、陸士や海軍兵学校に入学した若者たちは、本書でも述べられているように、「国のために尽くしたい」という一心で軍人の道を選択したのだった。

 私も「この世に生を受けた以上生きた証しが欲しい。それは社会進歩に身を捧(ささ)げることだ」という思いから共産党に入党した。「資本主義から社会主義・共産主義への発展は歴史的必然」というマルクス主義を人類解放の理論として信じていたのだ。現実の社会主義は一党独裁による人民抑圧の体制でしかなく、まさに理想とは逆であったのだが。しかし、国のために社会のために貢献したいという思いは、決して偽りはなかった。
 「面接試験」の次には、「宿題」が与えられた。それが本書を読んでの感想文提出だった。2日ほどで一気に読んだ。この中でもっとも私の心をとらえたのが、次の一文だった。「学校の歴史教育は江戸時代まで教えるのがせいぜいで…近現代史はほとんど触れられていない」「近現代史を欠いた歴史は歴史とはいえない…太く力強い近現代史を持たない国は歴史を、つまりは固有の文化や伝統を持たない国であり、そういう国は根無し草でしかない」

 実は、共産党を離党して以降、私にもっとも欠落していることは近現代史への理解だと痛感していた。近現代史を共産党という極端な視野狭窄(きょうさく)の眼でしか見てこなかったからだ。この歴史観からは明治維新も、殖産興業も、富国強兵も、すべてが間違っていたことになる。戦前は暗黒社会という一言で片づけられてしまうのである。

 だが明治維新も、殖産興業や富国強兵もなければ、日本は欧米列強・帝国主義国の絶好の餌食となっていたことだろう。本書は、学校教育では欠落している近現代史を孫娘に語るという方法でその欠落部分を埋めたものである。国家主権も、国民主権もない占領下で作られた現憲法、勝者による一方的断罪でしかなかった東京裁判、戦争の悲惨さなど、学ぶべき視点と歴史の事実が満載である。
 中條氏は、残念なことに昨年末、この世を去られた。私が感想文を送った後に会ったとき、「君は幸せだよ。一回の人生で二回生きることができるのだから」と言われた。「一身二生(いっしんにしょう)」の人生である。残された人生、悔いなく生きたいと本書の前で誓う。(中條高徳著 小学館文庫・571円+税)

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